昭和四十年九月三十日   朝



  教祖の神様は、奥様のことを成就風邪引きといっておられますね。成就風邪引き。いつも風邪ばっかり引いておると云うことなんです。うちの(?)に、同じ神様の、いわゆる御神号を受けられ神様の位も頂いておられるのだけれども、まだ、お前の信心は足りんのだと、おまえ、いつもかつも風邪を引いておるじゃないかというて、成就、お前のことを成就風邪引きと申す、と、なんか、そんな言葉があるです。本当に私は思うんですけども、私は最近、成就風邪引きになっておるような気がする。何時も(咳)もうちょっと、そこに風邪を引いておる。本当にこれは相すまん事と思うのですけどもね。例えば、成程どうある、こうあると云うのもそれはやっぱりご都合なのである。御信者さんが、体が悪い、お届けがあると私も、やっぱり体が悪い、そういうような事を私自身の体で実感するんです。例えて云うなら、中耳炎なら中耳炎が悪いというお届けがあると、耳のこ辺がずくずく痛み出す。そういう様にですね、その、そういうような程度の信心からいつ迄も、抜けきっていない。こちらに力さえ出来ればです、そういう、こちらが痛い思いをしなくてもです、人が助かる。ね、私、例えば何時もこう、手足が不自由であったり、足が立たなかったりといった様な事でもです、ほんと先生ご苦労ばっかりかけてすみません、と皆がおつしゃる、これも事実だと思う。けども私にもっと力がでけたらです、私がいわば手足が萎えたようにならなくても、そういう修業しなくてもです、おかげ頂けるはずなんです。けれどもやっぱり、そこから抜けきっていないということ。いわゆる、私は成就風邪引きであると云うこと、本当にこれは相すまん事だと、こう思うのですけどもね。何かしらん、おかげを頂きますと、もう、そのおかげに腰掛けてしもうてから、も、この位、頂いとりゃよいといったような、そういう様なものではないのだけれども、やっぱり、そういうようなものがあると、云わなきゃ仕方がない。も食べる事に事はかかん。ね、あれやらこれやらも、まあ別に不自由はしない、もうこの位でいいといった様なものがです、私の心にある証拠だと私は思うです。ね、例えばならその皆さんなら皆さんの程度でです、おかげ頂きたい、という思いは山々もって居られるんだけれどもです、別にサアーと尻に火が点いたようなことがないもんですから、もうそれで、いわば日々おかげを頂いて、いうならば成就風邪引きのところで信心がとどまっておるのじゃなかろうかと。
 昨日私、もう何時も敬親会の時に限らんのでございますけれど、昨日の生誕祭に何時も、くじ引き福引きがございますが、もう本当に、あれを見ただけでも聞いただけでもです、神様の間違いなさを皆さん感じることが出来るでしょうが。そういう間違いない神様をです、此では頂いておるのであり分からして頂いとるとだけれど、ねえ、此をこう改まれば、ね、ここをこう伸ばしていけば、ここへ、こう信心していけば、おかげになると云うことを教えて下さっとるんだけれど、まあ椛目の場合はですね、ま、いうなら、この日々、おかげを頂いとることだけに腰をかけておると云う感じが致しますですね。さーここにいっちょ、踏ん切りをつけて、お徳を受けようと云うところに、踏ん切りがついてないように思うんですよ。いわゆるもう成就風邪引きでですね、終わってしまわなければならん、これでは、相すまんなと私は思う。もう皆さん本当にもう私の家族、家庭のものなんか本当に素晴らしい御理解を皆頂いてとるんですよ、子供達に至るまで。両親は勿論、長男なんかの、なんかは素晴らしいです。本当に、希望が沸くような御理解を頂いてるです。ところが肝心かなめの私は、どう云う(  )昨日は私は、くじの発表がなかったから、よかったけれども本当に満座の中に恥かかんならん様な感じだったんです。それが厳しいこと厳しいこと、どう云うようなくじを引いとるかというと、私47番でしたか、あっ、47番でしたでしょうかね。、私がやっぱりつくった籤なんです、それ。そして自分がそれ頂いとる、(笑い)「少し信心が緩んでいませんか」という御理解だった。そしてから、まだ私は貰っとりませんけれども、景品は、あのピンですね、女の方がこうピンを、髪が乱れておる、乱れて、ほつれ、ほつれると、そこにピンを、ばさみというですかね、を致しますでしょう、あれを頂いておる。もう本当に、そうどころじゃない、とにかく成就風邪ひきになってしまっておるということなんです。
 ね、なるほどここまでおかげ頂いてきた、なるほど、例えばなら自分の五体でです、人の、いわばお祭り行事でもできれるだけの、おかげを頂いたんだけれども、それでは私が苦しいのである。私がー生手だえ、足だえしとればそれで云いのだけれども、そして皆さんからは先生ご苦労様です、本当に、貴方ばかりご苦労かけて相済みませんと、こういわれて、それでも云い確かに、それで( ? )だからいいのだけれども、それでは私自身が本当は助からないと。ここまでのおかげは頂いておってもです、ね、ここまでのおかげは頂いておっても、これからです、神様は厳しい、又、同時に只今云うなら、まあこの辺の言葉で云うなら、頭ーにもかなわん様なことが今ここでは私の信心には叶わないような、大きな神様の願いが成就しつつあるのです、ご造営という。ね、そういうような大きなおかげを受けなければならない中心であるのですからです、ね。本気で私自身が、もう一段信心を進め、もう一段、いわゆる日常生活の上にです、例えばおかげを受けておると、信者もこのーんー程度に、おかげを受けておるからというそこに腰をかけるようなことなく、こんなにも間違いなく神様が色々な意味合いにおいて教えて下さるのであるから、教えて下さる、そういう間違いのない働きの中にあるのだから、ね、そこに私共が、おかげに留まらず、本気で、お徳を受けさせてもらい、力を受けさせて頂く為にです、皆さん、踏ん切りをつけなければいけません、これは私を始めとしてです。ここに大きな踏ん切りをつけさせて頂いて、神様の願いが成就すると共に、私共の願いも成就していくところの一段と輝く力、輝くような、お徳を受けなければならんと、昨夜から考え続けておるのでございます。ね、そして今朝ここへ座らして頂いて途端に、只今、んーちょっと、あー昨夜、ご無礼があってるんですよね。なもんですから、もうこう風邪気味なんです、もう咳が出てる。も最近、私は何時も風邪ばかり引いて、で只今のご理解を頂いてるわけなんですよ。成就風邪引きになってしまっておる。
でもうひとつ、んー、風邪、えーこつ程度のおかげでです、留まることのない、おかげを頂くために、限りなく信心を進めさせてもろうて、そこから脱皮し、そこから、あー一段と、お徳を受けていく信心にならせて頂かなければならんと、ね、もうこれで良いというは思うてもいないんだけれども、そこに腰掛けておるような、あー状態、そのことをです、神様は、少し信心がこの頃乱れておりませんかと、こう呼びかけられておるような気がするのでございます。どうぞ、ひとつ、おかげ頂かにゃいけません。